♪The Producers♪

03.12.31 St. James Theatre

30日よりオリジナルキャストのNathan Lane & Matthew Broderick が
3ヶ月ほどの期間限定で戻ってくる、というニュースはちょっと前からキャッチしていた。
彼らが出る日程のチケットは入手困難だとの情報も。
Playbill onlineにはボックスオフィスに長い列を作る人々の様子が載っていたし。
すごく観たいけど、チケット取れないだろうなぁ、と思いつつ劇場へ足を運んでみると、
一人だったことが幸いしてなんと前から3列目のど真ん中が取れた!やったー!

というわけで、一年最後は大爆笑で締めくくりということに相成った。
期待どおり、思っていたとおりに面白い!
Nathanのあの顔、表情、Matの可愛らしい情けなさ!
動き、仕草がなんか可愛いんだよなぁ。なぜ!なんであんなおじさんがこんなに可愛いのか!?
チビだし、髭だって濃いのに!でもなんだかこう、ぎゅー、とハグしたくなるような。
歌は上手いわけじゃないけど、上手ければ良いというものではなく、
キャラだから!キャラ!(もちろん、下手くそじゃダメだけど・・・)

ナチおやじはBrad Oscar, 変態演出家RogerはGary Beach とオリジナルキャストが揃っていたけど、
たまたま私が観た回は、戻ってきていたRoger Bart が出ておらず、ちょっと残念。
Carmen 役のStacey Todd Holtは、つるんとした顔をしていてRogerのような可愛げはない。
ちょっと気持ち悪いというか(ひどい言いようだが、実際彼はひどくはない。上手かったよ)。

観るのが2回目にも関わらず、細かいギャグでも笑えたし、(でも結構覚えているものね!ギャグって)
独房でのNathanワンマンショーは何が起こるかわかっているからまぁ新鮮な驚きはなかったけど面白かったし、
Gary Beach のゲイ・ヒットラーが舞台の縁に腰掛けて客席に向けてやる
ヤッダーもぅ、アイラブユー(口パク)イヤ〜ン(あら奥様!みたいな手振りつき)」
も間近で観られて満足満足。

舞台の世界、broadwayの世界では歌が上手いとかダンスが上手いとかいう意味で
king やqueen の人ももちろんいるだろうけれど、King of Broadway って、
それだけでは多分なれないのだな。何かが他にないと。
むしろ、歌やダンスよりその何かによって人はkingになるのだなー。



♪GYPSY♪

04.1.1 SHUBERT THEATRE

今年の舞台初めはBernadette Peters で。Broadway の象徴のようなShubert Theatre 初めて入ったー。
一番高い席ではないので、2階席の後ろのほう。

Bernadette が登場すると大きな拍手と歓声。大スターの貫禄十分。
ただ、以前からTVで見ていてそうなのだが、Bernadette のしゃべりって英語が全然聞き取れず、理解できない。
他の役者の英語が理解できるというワケではないが、わりと聞き取れる人と、聞き取れない人がいる。
特にBernadette が早口でしゃべっているとは思わないのだけれどとにかく聞き取れない。
いや、でもこれは聞き取れなくてもそんなことはどうでも良かった。
正直、そんなに興味があるわけではなかったけど、やっぱりBernadette Peters はスゴかった・・・

子役たちの達者さと、大人になった彼らと入れ替わる時の演出も面白かったが、
成長したルイーズを演じるTammy Blanchardの可愛いさ美しさったら!
最初はママ・ローズがスターとして育て情熱を注ぐ金髪の妹・Juneの陰にかくれて、
ダークな髪のおかっぱLouiseは賢いけれど地味〜なコ。
(しかし、地味な衣装を着せられていても、2階席の上のほうから見ても、
綺麗なのがよくわかる。ダークな色の髪の毛と白い肌のコントラストがまた、いいんだなー。)

一緒にドサ回りをするTulsa君とのシーンの切ないこと可愛いこと・・・
彼は結局、Juneと駆け落ちしてしまうのだから、観客に彼女を判官びいきさせるシチュエーション。
スターなJuneも清純で可愛くてお茶目なお人形みたいな役ばかりやらされて、裏ではやさぐれている
分かりやすいキャラだなー(笑)と思うが、彼女の存在はママ・ローズの人間性を描くのにとても必要なのだ。

そして、Juneが彼と駆け落ちすると、今度はLouiseにローズの愛情の矛先が向く。
これがまた、激しい。この、ローズの逞しさ!なんとしてでも娘をスターにするという姿勢が、息苦しい。
歌って踊ってスターになるという、自分ではかなえられない夢を娘に託し、実現させるために奔走する母。
(実態は全然違うとは思うけど、なんかちょっと、バイオリニストの五嶋みどりちゃんと
その母節子さんを思い起こしてしまう・・・)
とにかく、ああ、うっとおしい!今まで妹をスターにするためちやほやしてきたのに、
いなくなったとたん、地味な脇役にさせてた姉を引っ張り出して「あんたがスター」って
その仕打ち、ひどいよ!?と、観客はLouiseの味方になる。

が、主役はやはりママ・ローズなんだわ。その娘に対する仕打ちも人間的。
娘を愛すればこそ、そして(もしかするとそれ以上に)自分を愛すればこそ。
ああ、人間ってそういうものだよなぁ。だからこそ、妹は母のもとを去ったのだな。
重かったんだ・・・。

姉Louiseは結局愛する母の言うとおりスターへの道を踏み出す。
ところが、自分主役のステージに慣れてくると新たな名声を求めてストリッパーへと・・・。
これがねー、最初はドレス着て出てもがちがちにド緊張!なのが、
経験を積むうちにどんどんセクシーに、大人のオンナ、ザ・女になっていく過程が何ともいえん!
歌う歌はいつも同じ歌(May we entertain you)ってのがまた効果的。
最初、妹たちと少年少女のドサ回り劇団をやっていた時に妹がお茶目にステージで歌っていた歌と同じで、
Louise初めてのストリップの時は初々しい緊張をあらわすかのよーにまじめに拍どおりのアレンジなのだが、
回を重ねると歌いも変わって、jazzyに崩れてきたりして。

彼女を励ます同僚のベテランストリッパー達のキャラクターもまたいいんだわ、これが。
トシとっても、太ってても痩せてても、衣装(装置?)のアイディアで勝負したりして。
ストリップなのに。どっこい生きてる、ってなノリで。たくましい。

清純派で売りたい母と対立するLouise。いいぞ、Louise、頑張れ!と思うんだが、
ママのRose's turnの熱唱の迫力にはとうていかなわなかったな。
あまりのせっぱ詰まった迫力、Bernadette Petersの熱演に涙が出てしまった。
自分がスターになりたかったけど、なれない。自分にはその才能が無かった。
自分はここにいると叫びたいけど、所詮裏方。
痛いほどの、「私をみて!」の叫び
しかも、才能溢れるPetersがそんな役をやるというこの矛盾!不思議な感覚。
歌えて、踊れて、しかも凄まじい存在感がある役者でないと、この役はできないんだもの。
いやー、やっぱりすごい。スターってこういうものなのね・・・。

で、ラストシーンはLouiseが出てきて、なんとなくしんみり、対立が無くなったわけではないけど、
やはり愛情の深い親子のシーンで終わるというのがまた余韻があっていいわ〜。

 


♪RENT♪

04.2.14,15 東京厚生年金会館

久々のナマRENT!うおー!

しかしねー、でかすぎるんだよな、厚生年金会館。そして音も良くない!なんだかねぇ。
歌がちゃんと伝わってこないしさ(役者のせいではなく、PAのせいでね)。
バンドの音も割れている。良くないなぁ。もぅ。ぷんぷん。
やっぱり厚生年金でミュージカル観るの、あんまり好きじゃない・・・。

今回の来日キャストは、なんだかとっても、「若い!!!」
うわー、若い!歌も、マダマダだなぁ、危なっかしいなぁ、なんて思うところが多々ある。
Light my candleの歌のかけあいの間とかさ。RogerのConstantine君、多分美形なんだろうけど
その中途半端な長髪はどうなの?(笑)とかさ。
全体的に、会場の広さ(広すぎさ)も手伝ってか、こう、ものすごく感動!興奮!て気持ちには
ならなかった(特に、14日夜)。

でも、この青臭い感じ、それこそがRENTに相応しいと思うのだ。

私は、Off BWからOn BWに駆け上がったころのいわゆる「Original Broadway Cast」のRENTは観ていない。
Jonathanと一緒にRENTを作り上げた彼らOBCは、きっとやはり特別だったんだろうと思うし、
彼らのRENTは本当に切実で、
(多分RENTを語る上で使い古された表現だと思うけど)「ヒリヒリするような」感じを観客に与えただろう。

でも、私と同世代の彼らは既にover 30。いつまでもやり続けられるワケもないし・・・。

今、On BWやツアーでRENTをやってるキャストは、もっと若い子たち。
当事者(OBC)のヒリヒリ感はないかもしれないけど、若いからこそ、未熟なところもあったりなんか
するからこその、突っ走るヒリヒリ感
が彼らにはある。
というか、RENTという作品はそれをキャストに求めるものなんだろう
つまり、それがなきゃダメなのだ・・・。
(本来はそのヒリヒリする感じは年齢に依存するものってワケではないと思うけれど。
でも若さも重要なファクターではないかと思うし。また、当事者ではないからこそのヒリヒリする感じ、
ってのもあるのではないかとも思う。)

2日目の15日昼。2階席ですごくステージは遠かった(やっぱり厚生年金、でかいよ)けど、
Another dayのMimi の必死さに、じわーと涙が。うぅ。
この曲で、Mimiを拒絶するRogerを周りから見つめるLife Supportの面々&Markって構図
たまんないんだよなぁ、毎回
。みる度に。うぅ、更に涙が。

それから、Angelのお葬式、CollinsのI'll cover you reprise
うわぁぁぁん。あー。トシとったせいかねぇ。涙腺がゆるくて困るね。

きっと、私はずっとRENTが大好きなんだろうなぁ、ということを感じた再来日公演だったのだった。

おまけで、嬉しかったこと。

数日後、留学生課のカウンタに来ていたNくん(日系ブラジル人留学生だが、どういう経歴の持ち主なのか、
とにかく英語はバリバリにアメリカン。日本語はろくすっぽわからねぇ。)が、
私のコンピュータのRENTスクリーンセイバーを見て、Light My Candleの鼻歌をふふんと口ずさんだ。
外にお昼ご飯を買いに行こうとしていた私がアレ?と振り向くと、
「おぉ〜、気がついたね!」
「え、なに、RENTみたことあんの?」

「おうよー、大好きなんだよ!NYで観たよ!俺もそのスクリーンセイバー使ってるよ」
「ほんとー!私も大好きなんだよ〜!」
そこでひとしきりRENT談義に花が咲いた。

「今、アメリカからツアーカンパニーが来て新宿でやってるけど、観た?」
N
「え!うそ、知らない!Oh my GOD! I NEED TO GO! I NEED TO GO!!
 まだ日本語がよく分からないからそういう情報をキャッチできないんだよ俺〜!」
「明後日までやってるよ」
N
「でも俺、明日から京都見学旅行行っちゃうから、じゃ、今日しか行けないじゃん!よし行く!ぜってー行く!」
「そうか!じゃぁちょっと待っとけ!厚生年金会館の地図をプリントアウトしちゃる!」

そして次の日、私も付き添い職員のひとりとして京都見学旅行に行ったのだが、
NくんはしっかりRENTのTシャツを着てきていて「昨日、友達と一緒に行ってきたよー!
出待ちもして、キャストともしゃべっちゃった!」
とご機嫌さんであった。
RENTを通して国際交流。良いじゃんか!!
なんかね、小さいときから英語勉強してきて良かった、ミュージカルが好きでよかった、私!と思っちゃうね。こういう時。


♪タン・ビエットの唄♪

04.4.29 世田谷パブリックシアター

久々の観劇、久々の三軒茶屋。そしてなにより、久々の土居さん
結構長いこと彼女を見ていなかったので不安もあり、あまり期待はしないように、と
自分に言い聞かせつつ席に着く。
でもやはり、土居さんと畠中さんが同じ板の上、ってのは見ないわけにはいかないのよー
音楽座好きだった私としては。
一言で言ってしまえば感慨深いってことだけど、それだけじゃ片付かない色んな思いが
音楽座には詰まっている
からなぁ。うう。
思い出すだけで涙が出るような、笑っちゃうような、苦しいような、痛いような、恥ずかしいような、
まあ、つまりセイシュンの一部だ、うむ。

話はベトナム戦争が背景になっていて、もう一つのミス・サイゴンといった感じか。 ミス・サイゴンは、
ベトナムの戦争孤児の少女が米兵と恋におち、引き裂かれ、、、という、
戦争による出会いと別れの悲劇。
すごく戦争に翻弄されてる2人の物語(もちろんそんな中でもキムがあんだけ強くあり、
それが感動的であり悲劇的なのだが)。

タン・ビエットの唄は、ベトナム人姉妹が戦争で引き裂かれる悲劇と、その先の希望までを描いてる。
戦争に翻弄されるよりも強くベトナムの地に立っている(た)人の物語。かな。

多分、ミス〜は基本があくまでもキムとクリスの2人の愛にあるのに対し、
タン〜は姉・ティエンがレジスタンスに参加したりするので、男女間の愛よりすこし地平が広がってるから、
「その先の希望」まで描かれているのだな。
妹に対する家族愛、仲間、ベトナムという故郷に対する愛、、、てね。

冒頭の平和な農村を表すダンスや、間あいだにはさまれるアオザイを着た女の子のダンスが、
なんかこう・・・音楽座を彷彿とさせる。綺麗で切なく、しかも、洗練されすぎてない(笑)。
それもそーだ、これってTS MUSICAL FOUNDATIONの謝珠栄さんって音楽座の振り付けも
やったことあったしね。ま、一番大きいのは、土居さんと畠中さんが出る舞台だ、と思って見てたから、
という「気のせい」だろう。

 私の世代って、ベトナム戦争はちょうど産まれたころに終結したことなので、
「歴史の中の出来事」という認識なのだけど、私たちに学校で歴史を教えた先生たちにとっては
「リアルタイムで見ていた出来事」で「歴史」ではないので、そのギャップもあるのか、
ちゃんと教えてもらった記憶がない。私の知識の中からはポーンと抜け落ちているんだよな。
だから「ベトナム戦争」と言われてもあまりピンと来ないのだが・・・。

主人公であるフェイは、故郷の村が攻撃され、命からがら姉とともに逃げて生き残り、
このベトナムの惨状を世界に訴えるために姉に励まされ見送られてイギリスへ渡る。

そこで彼女が選択したのは「ベトナムへは帰らない」こと。

英国人夫婦の養女となり成長した彼女は20年ぶりにベトナムを訪れる。姉に再会するため。
ベトナムに戻ってみると、もちろん既に戦争は終わっているものの、先進国・イギリスとの差は歴然の貧しい国。
戦争の続きとその後の復興への苦しい道のりから逃げてしまったフェイの視点が、
ベトナム戦争を知らない観客の視点を乗せることになる。
知らなかった、知ろうとしなかったことが大変申し訳ないような・・・。

でも、私ら観客が「知らなかった」こと以上に、フェイが「ベトナムに帰らない」と、
戦争から逃げるという選択をしたことは、本当にしょうがないと思う。
彼女は戦争を、経験してしまったのだから。
「何故お前は戻ってこなかった?国を捨てた!?」って責められたって、だって戦争だよ?
親も村も焼かれた子供に、逃げるチャンスがあったんだったら。誰だって逃げるよ・・・。

この、フェイのお高くとまったファッション(なんか・・・紫とかの変な色のパンツスーツにハイヒールとかで、
いかにも妙な小金もちマダム)と、再会した幼馴染のお兄ちゃん・トアン(今はシクロの運転手)のヨレヨレな格好。
20年の時の隔たりと、先進国と未だ復興途上の国の隔たり。
あー、遠いなー。それでもトアンの気のいいお兄ちゃんっぷりと優しさは変わってないのが泣かせるねぇ。
(でもその優しさってのがまた複雑というか、、、
「悪いことは言わないから、帰ったほうがいい、お前はもうここの人間じゃない、
姉を探すなんて、当時つらい思いをしたレジスタンスの仲間たちの記憶を穿り返して神経逆撫でするだけだからな」

という気遣いであり、、、やっぱり距離を感じさせる)
このトアンって役、そんなに美味しい役ではないし、畠中氏にぴったり!という感じの役でもなかったけど、
なかなか良かったのではないかと。
 で、フェイはとにかく小さな手がかりを頼りに、パスポートを盗まれたりしつつも姉を探す旅を続ける。
そこで出会うのは、姉が参加したレジスタンスの仲間やその家族の苦しい記憶ばかり。
姉のティエンのことが好きだったレジスタンスのひとり・ビンは自殺、
その父は息子が英雄であると信じるボケ老人になっており、ビンの弟はそんな父を支えて暮らしている。

過去を悔い改めようと出家してお坊さんになったゴク。彼からフェイが聞かされた話の行き着く先は

「ティエンは死んだ」。

ぐわぁぁぁ。なんて救いがない話なんでしょーか。うぅぅぅ。
(このあたりの、脇を固める役者さんたちの堅実な演技が良いですね。話をしっかりささえている。)

フェイの回想シーンでは、姉ティエンを演じる土居さんが小柄でフェイの愛華さんが長身なため、
一緒にいるともちろん姉妹に見えない。フェイは小金もちマダムの衣装だし。
ってんで、記憶の中のティエンと絡むのは、アオザイを着た「少女時代のフェイ」を演じる長尾さん。
で、長尾さんと愛華さんは動きをシンクロさせ、フェイの台詞をしゃべるのは愛華さん、という方法で描かれる。
なるほどー。なんか、愛華さんって美しくて素敵なんだけど、あんまりその歌声が私の趣味に合わなかった感じがする。
でも、こうして難しい役を、こんな形で描かれる少女時代を含め演じきるのだから、力のある人なのね。
しかし。何と言っても、ティエンがフェイの手をひいて焼かれた村から逃げ出し森の中を走るという回想シーン。
圧巻だったのは、土居さんのティエン。もう走れないだの、お母さんに会いたいだのぐずるフェイをなだめすかし、
逃げて生き延びようとするティエン。
「お願いだからお姉ちゃんの言うこと聞いて・・・ね、泣かないで、お願いだから・・・っっ
聞きなさい!!
お父さんもお母さんももう死んじゃったの!会えないんだから!」
その必死さに、もー、号泣。「お姉ちゃん」という一人称がたまらない!!
お姉ちゃんったって、3つしか違わない10代半ばの女の子なのに!
(という設定・・・そんなのを演じ切れる土居さんの化け物っぷりに感服。アナタ、おいくつですか!?

そしてティエンの死の真実が語られる。

米兵と愛し合い、子供を産んだティエン(ミス・サイゴンだ・・・^^;;)は、レジスタンスの仲間に
銃で処刑されたのだった。

最後まで愛をつらぬき希望を信じた強いティエンの、その赤ん坊。
レジスタンス仲間のハインが、どうしても殺せないと森の中を抱えて逃げ、育てたのだった。

ラストシーン、故郷の村を訪れたフェイ(気持ち悪いパンツスーツではなく、美しいアオザイを着ている)は、
成長し少女となったティエンの娘(土居裕子/二役・・・土居裕子、化け物っぷりここに極まれり!!)と出会い、
泣きながらひしと抱き合うのでありました。
このティエンの娘こそが、ベトナムの未来への希望の象徴なのだ。

うぉぉぉぉぉぉぉん、号泣せずにおれんだろうがー!!!

 


♪On Your Toes♪

04.5.1 五反田ゆうぽうと

Swan Lakeで見逃したナマ・アダム・クーパーをいよいよ目撃!大興奮だわよ〜ん。
会場は五反田ゆうぽうと。久々に五反田界隈に来たわ。

TVCMやポスターなどなど、露出している宣伝材料がかっちょいいアダムを前面に押し出しているし、
お話の内容は全く予習していなかったため(コメディだということはなんとなく知っていたけど)、
アダムのはじけっぷりにはかなりびっくり!メガネをかけた、ちょっと情けない大学の音楽講師のジュニア君。
まずはアダムがそんな役だってことに「ほぉ?」。

でも子供のころからタップを踊っており、ひとたびステップを踏めばちょっと素敵なダンサー、ってことに「ほぉ。」
で、ミュージカルだからもちろん歌う。歌うバレエダンサー・・・。
いや、下手じゃないんだわこれが。うん、悪くない。もちろんそりゃ、すごく上手ってワケではないけど。

アダムのクラスの子たちとのナンバーはダンスも衣装も目に楽しい。
舞台設定が1930年代のアメリカなので、衣装が形は上品でクラシックな感じ、色は結構ポップで鮮やか。

お約束のようにクラスの女子学生フランキーと恋に落ちるアダム先生。ぷぷー。
でもフランキーよりロシア・バレエ団のプリマドンナ・ヴェラのほうが役としては美味しいな!
サラって、れっきとしたバレリーナであるにもかかわらず、あのコメディエンヌの才能はいったいどこから!?
絵にかいたような女王様ぶりで笑わせてくれる。
恋人のダンサー・コンスタンティンとの仲がうまくいかない腹いせに
アダム演じるジュニア君に言い寄るヴェラ。
(コンスタンティンも、いやぁ〜、絵にかいたようなラテン系セクシーダンサーで笑える)
で、ジュニア君、揺れるゆれる。おいぃぃぃ。

成り行きでロシア・バレエ団の公演「ゼノビアの女王」に参加することになったジュニア君。
アンサンブルの奴隷役のひとりとして。もともとが変な振り付けなうえに、上半身を青く塗って
出なければならないのに塗り忘れて舞台に出てしまったため、他の奴隷役ダンサーたちから
白い体がひとりで浮いてしまうおマヌケぶり。
オドオドした妙ちきりんなダンス(しかも練習不足)を披露するジュニア君。
オドオドどたばたしてるうちに、すっころんだりして衣装が脱げてしまい、
しまいには褌一丁のようなあられもない姿で焦りまくるジュニア。
白いお尻丸出し!キャー!アダムのお尻よー!!大爆笑!!
こんなとんでもない演目だとは思わなかった、On your toes!!

ACT II になるとタイトルチューンのOn Your Toes圧巻のダンス、
ラストナンバーの「十番街の殺人」での流石!!!と叫びたくなるよーなアダムのダンス!
こーれはカッコいいし、最後に来るダンスがこのボリュームってのがスゴイ!
ダンサーって、アスリートだ!とあらためて思うのだった。


♪ユタと不思議な仲間たち♪

04.6.6 四季劇場(秋)

久しぶりの四季。お子様向けミュージカルも久しぶり。
お子様向けの四季ということは、台詞の発声がもろ「四季!」で、すごく鼻につく場合があるので・・・。
今回も、主演のユタ・望月龍平が非常に「四季!」だったので「うぅ〜〜む。」と思ったけれど。
しかし、全体的には、それは小さいこと!と思えるような良い舞台だった。

田舎に引っ越してきた都会っ子のユタ。地元の子供たちとなじめず、苛められるが
(この田舎の子供の中途半端なファッションが・・・上手い!)
座敷童子のペドロたちと仲良くなり、鍛えられてたくましい子供になっていき、最後はペドロたちとのお別れ。
という、非常に分かりやすい少年の成長物語。

音楽は親しみやすく、ダンス、照明、美術まで全部含めた演出がよく練られてまとまっている感じがする。
役者さんも、光枝ペドロ、くるみ先生の丹靖子さん、などなどベテランがいるので安心感があって
落ち着いてみていられる。たとえユタがいかにも「子供向けミュージカルです!」みたいな
すごいカツゼツでしゃべっていても、周りのベテラン勢の好演で許す!(笑)

座敷童子登場の時のちょっと未来的?幻想的な緑色のライティング
(舞台の奥の1点から舞台の縁にかけてひろがり、まるで八百屋舞台のように見える!)
はすごく綺麗で効果的、印象的。
それで出てきた座敷童子たちが東北なまりで和風の衣装なのがミスマッチでいい。
ヒノデロの登場は、「ず〜いぶんデカイ女だなぁ」と思ったら、やっぱし・・・下村尊則だった(笑)
もう、嬉々として「おネエさん」やってる。

座敷童子たちは昔(江戸時代以前)飢饉で間引きされた子供の彷徨える魂慣れの果てという設定。
着物っぽい上に、下は何故かタイツ、お尻は座布団がくっついているみたいにどーんと後ろに
突き出していて妙な形。それは実は、「おしめ」なんだということで。ははぁ、なるほどねぇ。
だから、梅雨になるとお洗濯ができなくなるので姿を消す、というストーリーの伏線にもなっている。

1幕の最後は座敷童子たちが歌う「友達はいいもんだ〜♪」
おぉ、このミュージカルのための曲だったんだね。

2幕のフライングは、座敷童子全員+ユタで、かなりな迫力とスピード感。
ユタと子供たちとのケンカダンスも、よく出来てる!見てて爽快。

ラストシーンは、他の村へ移ってゆくペドロたちとのお別れ。
1幕の最後が「友達はいいもんだ」でハッピーな終了感を持っていただけに、
2幕ラスト、小夜ちゃんが歌い上げる曲の寂しさ・渋さがとても意外・・・。
でも、全体的に質が高いのでそれが嫌な印象でもないのね。うん。ほんと、い、意外・・・だけど。

 


♪Into the Woods♪

04.6.25 新国立劇場

楽しかった!なんか、とても清清しくも優しい感じ!

千秋楽だったってこともあったかもしれないけど、すごく幸せな観劇後感を与えてくれるプロダクションだった。
前にブロードウェイで観たヴァネッサ・ウイリアムズが魔女をやった再演のプロダクションは、こんな幸せ感はなかった。
すっごいよなぁ、なんでこんなに違うんだろ?宮本亜門の力?
それも大きいし、キャスティングの勝利!ってのも結構大きいと思うな。
よくぞこんな、ぴったりなキャラの役者さんたちが集まった〜。
魔女の諏訪マリーさん、魔女ッ気たっぷり。醜い魔女の時も、美しく変身した後も、
エキセントリックなわがまま女王のような魔女を好演。
美しく変身した魔女、もちろんヴァネッサと比べちゃったら年は取っているけれど、
ものすごく色が白くて、ほんと綺麗!二の腕なんて、白くてふわふわに柔らかそうで、キャー(バカ)。
でも大声でウルサくてにくたらしい魔女!なんだよな〜。

わが道をゆくパン屋のおかみも素敵だし(賢い一般市民、て感じなんだよな〜)そんな彼女に
ちょっと尻にしかれ気味のパン屋小堺さん!もぅ、ほんとぴったり!!
こにくたらしい赤頭巾のSAYAKAはコレ初舞台だろうが、さすがは聖子ちゃんの娘、度胸はばっちり、
歌もなかなかでカワイイ。ジャックもいい線いってるぞ。

そしてジャックのママ、藤田弓子さんが結構びっくり。ほんとにミュージカル初めてかい?
歌うまいし(美しい歌を聴かせる、ってんじゃなくて芝居の一部としての歌、て感じだけど、ほんと上手い!)
さすがベテランの役者さんだなぁ。
頭空っぽなプリンス・チャーミング兄弟も濃い〜いベタなキャラでナイス!

珍しくシルビア・グラブがわりとマトモな(??)お姫様・シンデレラだったが、これが!
歌はもちろん上手いし、すっごい綺麗!
もちろん舞踏会のドレスを着ている時は高貴なお姫様の美しさなんだけど、
みすぼらしいシンデレラルックの時もすごく綺麗。このときはメガネをかけているんだけど、それでも綺麗。
メガネのふちがキラリと光るのがとても美しくみえる。メガネかけてて美しくみえるっていうのは、
相当綺麗ってことだ。

このシンデレラって、お城に上がってカッコいい王子とhappily ever afterにはならず、
綺麗なドレスでお城に行ってみたかっただけであり、頭カラッポな王子にはあまり興味がなく、
結婚したはいいけどアタシこれでいいわけ?とお城から逃げ出すという曲者お姫様だから、
綺麗なだけじゃダメなんだけど、シルビアはこれで今までのキャリアに裏打ちされた
コメディエンヌっぷりも持ち合わせているから完璧よね!

シンデレラの継母&意地悪姉さん2人もイイ感じ。山崎ちかちゃんが、もぅいかにも!な意地悪姉さんっぷりで。

セットは、下手から3つ、シンデレラの家・パン屋・ジャックの家と、可愛らしく並んでいて、
それが天井にはけると奥行きのある森が現れる。大木が前後に動くようになっていて、大掛かりだなぁ。
Into the woods, 頭がどうかなっちゃうような深みにハマっていける森をうまく表現しているわ〜。

ドタバタな喜劇っぽいとこのテンポも良く。これ、結構心配だったのよね。
前にマーマン観た時に、あれぇ、亜門さんってこんなに感覚古いんだぁ、と思ったもんで。
でもあぁ、今回はコレだったらいいんじゃないですか?亜門先生〜。
赤ずきんちゃんとパン屋さんのやりとりなんて、良かったなぁ。
(気が強い小娘と、尻しかれ亭主。あぁ、なんてぴったりのキャスティングなの!?SAYAKAと小堺さん!!

なにより良かったのは、キャラクターの気持ちがちゃんとこっちに伝わってきたこと。
最終的に、キャラクターはみんなどんどん死んでしまって、パン屋とシンデレラと赤ずきんちゃんとジャックの4人が
生き残り、ひとつの家族のようになって生きてゆこうという、不可思議な、ちょっと不自然な結末になるのだが、
そこに至るキャラクターたちのそれぞれの気持ちの流れが自然だった。
気持ちがちゃんと伝わってきて、納得できた。
(前にBWで観た時は、それが伝わってこなかったから、不自然な結末に納得がいかなかったんだよな。)
納得できた理由のひとつは、多分、それぞれのキャラクターがお互いを思いやる気持ちを
丁寧に描いていたからだと思うなぁ。
なんだかんだ言って、パン屋の夫婦は愛し合っていたし、ジャックとママの親子はお互いを思いあっていたし。
その愛情が、なんだか不思議な結末にも、彼らならお互いを思いやって希望を持って未来へ向かって
一緒に生きて行くのだろう、
と感じさせてくれた。

カーテンコールはスタンディングオベーション。SAYAKA泣いてたもんなぁ。
キャストみんな満足そうだった。
(ちかちゃんは中世の背の高いカツラをつけておじぎしたらカツラが落っこちたりして面白かった。
やってくれるわ、ちかちゃん!)

劇場全体がキラキラした幸せに包まれた感じ。

この後すぐ、小堺さんは首の腫瘍(癌細胞があったんだってね)を切除するため入院して
「ごきげんよう」をお休み。きっと体調はベストではなかったんだろう、このときは。
でも、小堺さんのパン屋さんはほんと、よかった。また、こういうミュージカルの舞台にも元気に戻ってきてね!

 


♪LENZ♪

04.7.9 サンシャイン劇場

椎名林檎の百色眼鏡をモチーフに、ってことは小林氏(お笑いコンビ ラーメンズの、普通の人に見える人のほう)
書生姿が観られるってことだな!キャ!
というわけで、行ってみた。
ただ、KK Produce。書いてるのは小林氏。ということは、基本はお笑いなのかしら。
耽美な百色眼鏡の世界(しかも舞台設定は大正時代ぐらい)でお笑いって、どうなるのかしらね?
それとも本気でお笑いのないどシリアスな耽美ものをやるのかな、、、う〜む。それはちょっと難しいぞ。

(どうやらお客さんの中には耽美〜を期待していた方々もいたようだけど、
私はどっちかというと、それはスタジオライフと宝塚に任せておけばいいんじゃない?
KK Produceに耽美さを求めるのは違うんじゃねーか?と思っていた。)

ま、あんまり観る前に考えすぎるとよくない、と、いうわけで。
色んな期待を抱かない、フラットな状態で観ようと心がけた。

で、結果。やっぱりKK Produce、コメディ満載で笑った笑った。しかも、百色眼鏡の世界を壊してはいない。
そういう意味でも予想以上によく出来ていて、面白かった
やるな!小林!ごめんなさい惚れ直しました。

ストーリーの位置付けは、百色眼鏡の前日譚。

百色眼鏡では大森君演じる刑事・駒形が謎の女優・葛木楓の本名を探るという仕事を
小林氏演じる書生風の青年・天城に依頼する。
その、駒形と天城の出会いのエピソードがこのLENZというワケ。

冒頭、天城は喫茶店で書き物をしている。そこへ張り込み中の駒形が相席する。
基本的にKK Produceは一幕ものでセットチェンジはなく、冒頭以降の物語は
とある図書館の中で起きるので、セットは図書館内部。
この冒頭の喫茶店シーンはテーブルと椅子はひとセットのみ、あとはスクリーンに影絵であらわした。
ウエイトレスさんも影絵。このシーンのためのセットを作れないという事情によるのだろうが、
なかなか綺麗だったし、なによりこのレトロな表現方法が舞台となる大正末期(か、昭和初期?モガ・モボの時代)
への導入に良い感じ。

で、何を話したわけではないのに駒形が「張り込み中の刑事」であることを彼の些細な行動から
簡単に読み取る天城。駒形は天城が只者ではないことを感じる。

偶然にも、天城が本を返却に来た図書館でごっそり本が無くなるという奇妙な事件が起きていて、
その事件の担当刑事として駒形がやってくる。そこに居合わせる図書館司書の犬飼、警官の春日、駒形刑事、
人力車の引き手愛宕屋、そして天城の5名が事件の解決に向けてあーだこーだする。

この図書館内部のセットもレトロでなかなか素敵。壁にはちゃんと上まで本がびっしりで、
中央の階段が上手下手へ分かれてゆき、2階へ上れるようになっているので
久ヶ沢さんが無駄に上ったり降りたり(笑)して動きが出る。
例によって久ヶ沢氏が演じる春日が筋肉バカ、そうとうなおバカさんキャラであり、
駒形もカッコつけたインテリ刑事だが実は小心者で、超常現象による事件専門のくせに
お化けとかダメな怖がりさんという、ベタな設定にしてあるのでそれだけでかなり笑いを作れる。

まぁ、そうねぇ、ストーリーは探偵モノ、ミステリーとしては華がない。
と言ってしまえば身も蓋もないけれど、殺人事件じゃないし、本が無くなっただけ、だからなぁ。
しかも、コトの真相がものすごいどビックリというものではなく、わりと平和に解決してしまうので。。。
でもいいのだ。バランスとしてはやはり謎解きは半分(もしくはそれ以下)、
登場人物それぞれの面白さとからみの面白さなどのお笑い要素半分だから。

で、かーーなーーり手前味噌なんだわ、これが。
ま、小林くんが、俺がモテるために自分で書いてやってるよーなもんであり(?)
それを承知の上で観ているので、いいんだけど。
天城くんの設定が、小説家を目指して田舎から東京へ出てきた青年で、でもからっきし小説家としての才能は無い。
ミステリー小説を書こうとしても、自分が探偵として天才的な能力を持ち、
しかもその自覚が全く無いという厄介者であるために、説明不足で読者を置いてきぼりにしてしまう文章を
書くのでちっとも面白い小説にならない。。。
(いや、それ以前にベタに面白くなさそうなへんてこな文章を書いてたけど(笑))

つまり、小林の役は、「自分の能力に気がついていない天才:磨かれざる天才の原石なわけ。
っかー!(赤面)天才なんだけど、見た目は冴えない書生だし、情けなくてちょっとかわいくて、
間抜けで面白いことしちゃうなんて、
完璧じゃん!バカ!(赤面)自分にそんな役を書くなよ!
って、思うんだけど、それをさほど嫌味なく(このへんのさじ加減も計算づくっぽいとこが
またむかっ腹が立つのよ!)
やってるとこが、もう、憎くてたまらん!
あー、たまらんよ、小林!愛してます(告白)。


♪PHANTOM♪

04.7.19 東京宝塚劇場

祝!初!宝塚!

さすが、若いころから訓練を積む役者さんたちだよ!
そりゃ、男を女が演じるんだから無理があるのはそんなの合点承知の助、レベルは高いんだな、ホント。
ファントムの和央ようかさんの、スタイルの良いこと!美しいこと!足が長いの!
衣装やブーツ(ひざ上!)で長く見せてるってとこはもちろんあるけど、それにしたって足が長い。
カッコいいんだわー。顔も、普段テレビとかで役のメイクしてないときはそんなに素敵なカンジはしない、
特にどうとも思わない役者さんだったけど、ファントムのメイクの映えることといったら。
いや〜。すごいね。それに、すごいオシャレなの。ファントムったらものすごい衣装もち!
仮面も素敵なのをいくつも付け替えるのよ〜。どっからそんな衣装を調達してるの?
オペラ座の地下で暮らしてるくせに?

実は、そこ、結構ポイント。
どうやって暮らしてるのファントムって?だって収入なんてないでしょうが?というところに
一応の納得いく説明がつく
んだな、この宝塚のファントムは。

話はガストン・ルルーの小説が元だから、もちろんロイド・ウェッバーのオペラ座の怪人と
オリジンが同じというわけで、話の筋もだいたい同じ、重なるビジュアルもたくさんある。
「シャンデリアが落ちる」「ろうそくの火が星のようにともる地下水路をクリスティーヌをのせて小船でゆく」とか。
でも、ストーリーのどこに重きを置くか、ってとこが大分違う。
この宝塚ファントムは、より「人間」のドラマに重きをおいている。

解雇されてしまったオペラ座の前支配人、ジェラルド・キャリエールは、はじめからファントムの
理解者、協力者?として登場する。
で、地下に連れてこられたクリスティーヌは、キャリエールからファントムの生い立ちの真実を聞くのだ。

実は、キャリエールはファントム(本名エリック・・・!!ファントムに名前があったのかぁ・・・)の父親なのだ。
キャリエールがまだ10代で支配人見習いとしてオペラ座で働いていたときに知り合った
オペラ座団員のダンサーの娘、彼女は誰も知らなかったがすばらしい歌声を持っていた。
娘はエリックを身ごもるが、キャリエールは既に結婚していた。
(どうでもいいけど、10代で既に結婚していてその上不倫って、オマエ・・・)

絶望した娘はひとりでエリックを産み育てる。
生まれながらに醜い顔をしたエリックだったが、母は彼を慈しみ育て、息子にとって母は美そのものであった。
キャリエールは言う。彼女がエリックを微塵も醜いと思っていなかったということに、耐えられなかったと・・・。

やがて幼いエリックを残して彼女は死ぬ。
以来、キャリエールは残されたエリックを自分が父親だとは知らせずに育てて来た。
エリックが8歳になったある日、彼は水面に映った自分の醜い顔を見てしまう。
驚き泣き続ける息子に、仮面を作ってやったキャリエール。
それは息子の、というより、自分の心を軽くするためなのだった。
エリックが泣き、叫ぶ声はやがて「オペラ座の地下に怪人が住んでいる」という伝説となっていく。

な、なるほど、ファントムの生い立ちか・・・。父親か・・・。
父親が、ファントムの世話をしている、だからファントムは地下で生きていられるってわけなのね!?
そういうところはロイド・ウェッバー版では一切わからないのよ。
そういうミステリアスなところを残すか残さないか、ファントムを人間として筋が通ったものとして描くか描かないか、
そしてそのどっちが好きか、というのは、もう本当に、好みだと思います。。。

で、ファントムはマザコンなのね。
オペラ座の怪人でも、怪人がクリスティーヌに母親の影を重ねているというのはなんとなく描かれているけど、
こちらはもう、はっきりとストーリーとして語られている。

クリスティーヌもそれを受け止め、ファントムの愛を受けて立とうという強さがある。
このへん、顕著な違いだわね。ウェッバー版との。
ファントムに「あなたのお母様はあなたを愛していたから醜いとは思わなかった。
愛は私にもそうさせるはずだから仮面の下の顔を見せてくれと。
もう、母性本能丸出しで歌うのね。
ところが、その愛を一瞬信用してファントムは仮面をはずし、その素顔を見たクリスティーヌは
恐怖に叫んで地下から逃げ出すのよ!
おいーーー!!!ひどい女!(笑) ファントム絶望。
(なんていうか、母の愛って、怖い・・・)

でも、地上に戻ったクリスティーヌはちゃんと「あの人に謝らなければ!」って言う。
ちゃんとひとりの人間の心の動きとして筋が通っている感じがする。
ロイド・ウェッバーのほうのクリスティーヌより共感できるのよ。
(あっちのクリスティーヌは、、、正直、よくわからん!あの女!)

さて。クリスティーヌを追って地上に出てくるファントム。
しかも、クリスティーヌに毒を飲ませ初舞台を壊したことへの復讐としてカルロッタも殺しちゃっているので、
当然、警察に追われる。
一発撃たれて負傷した彼を助けるキャリエール。
ここで、「証もなく父だと思っていた〜♪」「息子よ〜♪」
と歌って父子の絆を確認しあうファントムとキャリエールの二人・・・。
いや、感動的なのよ。なんだけどさ、これ、、、いいの?
だって、「オペラ座の怪人」がお父さんとしみじみと昔話しちゃって、
「お父さんと呼びかけたかった〜♪」って歌うんだよ?
怪人が、だよ?いいの?これ???

そして、そこへ警察が踏み込み、ファントムを「生け捕り」にする。
ファントムは父・キャリエールに懇願する。助けてくれ、殺してくれ、と。
キャリエールは、息子への愛ゆえに、その願いをかなえてやる。警官から奪った銃で息子を撃つ。
ファントムは、涙を流すクリスティーヌの腕に抱かれて息絶える。

父が息子を殺すなんて、ドラマチックで究極の親子愛って感じで、あぁ感動的、なのはいいんだけど。
愛する人の腕に抱かれて死ぬなんて、すごく素敵で美しい画なんだけど。
ファントム、クリスティーヌ、キャリエールそれぞれの愛と苦しみと悲しみに筋が通ってて伝わってくる、
わかるんだけど、納得いくんだけど、でも、納得いかないよーーー!

私は、「筋が通っている話」とか、「人間の感情として、わかるわかる、それ!」っていうのは
基本的に好きです。真面目な性格なので(笑)。

でもねぇ、これは納得いかないの。

この宝塚のファントムは、ファントム死んでしまうし、悲劇ではあるんだけど、
ある意味everybody happy な形で解決しちゃってるんだよ。
登場人物たちの心に、決着がついてしまう。

特に、ファントムの心が救済されちゃってるじゃん!ってことに、えーーーー!?
って納得がいかないのですよ。

異形のものの悲しみ苦しみは、どうしたの?
永遠の孤独の中に生きて死ぬべきじゃないのかファントムって?
いっくら筋が通っていても、そんなことより、ファントムにはずっと悲しくいて欲しい、ずっと孤独であるべきだ
それが「異形の者」が背負う悲しみだろ、苦しみだろ!?ってのが、私の思うところ。
宝塚ファントムの指す矢印の方向より、ロイド・ウェッバー版の矢印のほうが、どちらかといえば私の矢印に近かった、
ということでございました。
でも、面白かったよ。音楽は美しくてキャッチーだし(ちょっとキャッチーすぎてクサイけど)。

 


♪Play without words♪

04.7.24 シアターコクーン

ダンスプレイだけど、ストーリーがある。それも、かなり皮肉っぽい・・・。
細かいストーリーは一応パンフの説明にざっと目を通してから観たほうが理解も深まっていいかもしれない。
イギリスの厳格な階級社会が背景にあることをちゃんと頭に入れたほうがいいしね。

ひとつの役を2〜3人が同時にやるってのが面白さ。
人間って、同じものや人が同じような動きをするのを見るのが好きだよな。
同じ服を着た人たちが同じ動きをするのってのは単純に見てて面白い。
しかも訓練された見目麗しいダンサーたちだし!

でも同じだけではなく、、、アンソニー3人とグレンダ3人のカップル3組、
それぞれいちゃつくシーンはいちゃつき方が違うわけで。
その微妙な重なり具合とか、全部計算されてんだろうな。

衣装もすごく可愛い〜。60年代のイギリスかー。グレンダのスーツとか。
アンソニーがスーツのメガネ君というのがまた。いいわ〜。

ポスターにもなっていたあのシーンは、ほほう、そういう流れの場面なのかー。
セクシーなだけではなく、このコトによってアンソニーは落ちていってしまうのだなぁ。

ただねー、いくらストーリーがあるとは言っても、あんまり感情移入できるようなキャラもいないしね。
ま、フフン、面白いわね。ダンスかっこいいなぁ。女性ダンサーの足、ふくらはぎ〜靴のヒールの線って素敵、
なんて思いながら見る、くらいだったな・・・。やはりダンスプレイはちょっと苦手な私・・・。

 


♪BIG RIVER♪

04.10.23 青山劇場

地味なポスター・・・。色が地味。映ってるキャラも地味
このポスターじゃ何の話かサッパリわからないし。

ビッグリバー。知名度のないこのタイトルで、来日公演、英語だからなぁ。
土曜日のソワレだというのに、客席は半分くらい空いている。あーあ、、、。
事前にテレビで宣伝番組やってたけど、これがまたイマイチで。
武田真治と田口浩正がデフ・ウェスト・シアターやアメリカ南部ミシシッピ川流域を訪ねるという内容だったが、
なんかダラダラしていて、日曜の午後にやってる二流タレントの旅行番組のノリ。(ある意味そのものか/笑)
あぁ・・・。もったいない!もったいないもったいないよぉ〜〜!!

でも内容は、ハックルベリー・フィンの冒険なのだから。
冒険!僕らはいつもハックルベリーフィン♪
男の子の冒険ものだよ?胸の痛み恋と気づかない頃、だよ?(笑)

古き良き時代、元?浮浪児ハックが、面倒をみてもらっていた家の黒人奴隷ジムとともに
自由をもとめてミシシッピ川を下る冒険に出る、というお話。
ハックやトム・ソーヤーが舞台の上を走り回り、へんてこなイカサマ詐欺師が活躍(?)し、
ハックは助けた可愛い女の子とチュー、、、(きゅぅぅ〜ん)

楽しい音楽、時代背景もあってシリアスな部分もあり(奴隷制度ね)、いいと思うんだけどなぁ。
こんなにお客が入らないなんて・・・。しょうがないのかなぁ。
知ってる俳優は一人も出ない(一般的な日本人で彼らのことを知ってる人はいない。私も知らない。)、
舞台は百年以上前のアメリカ、、、。なじみが無さ過ぎか・・・。
ろう者の役者さんが出ている、手話を使っている、という点は多分、障壁にはなってないと思うけど。
手話なんのかんのということ以前に来日公演で、字幕つきの英語上演だということのほうが、障壁がデカイからね。

そう、この作品は、主人公のハックを演じるタイロン君をはじめ、ろう者の役者がたくさん出ている。
狂言回しは原作者マーク・トゥエイン役のダニエル・ジェンキンス(聴者)で、彼はトゥエインを演じると同時に
自分が書いた物語の主人公ハックの声&歌も担当する。
まぁ、最初は少年ハックルベリー・フィンの声をおじさんであるトゥエインが当てるというのが
ちょっと違和感をちょっと感じるんだけど、とにかくハックの動きとダニエルが担当する彼の声が
ぴったり合っている。

それにハックの生き生きとした顔の表情、身体全体の表情を見てると
そんな違和感はわりとどうでも良いことのように思えるし。

そう、すごく生き生きとしている。見ているこっちがハッピーになるような。

昔、高校生の時、時々風邪をひいてはのどを痛めて2,3日しゃべれなくなったけれど、
(ほんとうに全く声が出なくなる。かすれ声さえも出なくなるのだよ・・・。のどが弱いのだ。)
そんな時友達に言われたものだ。「今日のアンタはなんか表情が豊かで可愛い」と。
声が出ないと、言いたいことを伝えようと、手振り身振りと顔でなんとかしようとする。
自然と大げさになる。それが、可愛くうつる、ということだ。私でさえ・・・(微笑)。

つまり、コミュニケーションを取ろうとする人、ヒトとconnect しようとする人、
特に自分とconnectしようと努力してくれる人

(この舞台場合は、観客である私とconnectしようと努力してくれる役者)魅力的なのだ。

歌も、彼らは声では歌わないけれど、手話で歌う(聴者の役者は普通に声で歌っている。手話もつけて)。
そうすると、英語の歌詞なのに、いつもより理解できるの。
というか、普通に歌を聴くよりも、よく歌詞を聞き取れる(気がする)。
うむ、これは英語ネイティブの人がこの作品を見るときには味わえない感覚よね。フフフ。

チラシに「かつてない劇的な体験!歌っていないのに、歌が聞こえる・・・」(バラエティ誌)とか、
「(前略)突然すべての音楽が鳴り止む。劇場をおし包む静寂。
・・・次の瞬間、観客は聞こえるはずのない歌声を耳にする!
何も聞こえないのに、歌声は胸をいっぱいにし、感動が広がっていく!!」
って書いてあるので、そうか、そういう演出があるのだな、ということは事前に知っていた。
(そういう演出のイイところを事前にバラしちゃうのはどうかな〜、って思いマスが。)
曲の途中で音楽と歌が鳴り止んで、無音の状態になり、手話だけで歌が続けられるシーン。
実際そのシーンを観たとき、いや、聞こえるはずのない歌声は耳には聞こえなかったよ。私にはね(笑)
聞こえないものは聞こえないの。

でも、とても感動する。というより、、、どちらかというとショックを受けた。
ろう者の役者は、こんな何も聞こえない中で演技をしてるんだ!
冒頭からここまで(このシーンは2幕最後のほうのWaiting for the light to shine(reprise)の途中)
こんな無音の世界の中で!

で、聞こえないけど、歌詞が見えるのだ。Waiting for the light to shine という言葉・・・
言葉というか、歌詞の意味が、目に見える!初めてみた、こんなの。

そして、観終わった後で思う。彼等はもちろん舞台の上のあの時間だけでなく、
ずっといつもあんな無音の世界にいるんだ。ってね。

手話ももちろん素晴らしかったけど、Jim役のMichael McElroyが素晴らしかった・・・。
ほんと。基本的には楽しめる冒険物なんだけど、奴隷の話は・・・ほんと、見てて涙出る壮絶に辛いシーンもあって。
ああ、、、。Michaelの歌声は圧倒的で、black musicの源流を、その歴史までも垣間見る!って感じ。
そんでねー、Michaelは声だけじゃない、体もスゴイ。うひー。カッコいい!
もちろん、演技も。ジムの背負った悲しみや、その優しさ、人柄が素直に伝わってくる。
ハックとジムの友情ってとてもいいね。
年齢も、肌の色も全然違うのに信頼しあい、お互いに尊敬しあう。
そんなことが人間には可能なのだな。捨てたモンじゃない。


♪ロミオとジュリエット♪

04.12.15 日生劇場

藤原竜也のロミオと鈴木杏ちゃんのジュリエット!観ないわけにはいかないでしょう?

セットは結ばれなかった悲劇の恋人たちのモノクロ顔写真がずらーっと貼り付けられていて、
3階ほど梯子や階段で登れるようになっている。あれ一番上はかなり高いのでは?怖いのでは?

序盤は恋に焦がれるロミオ、ロザライン恋しやと騒いでたかと思ったら
ジュリエットに出会ってすぐ心変わり、恋に悶えるカワイイ若者を演じる竜也。
時にその一途でバカっぽい若さ、悶えっぷりで笑いさえ誘う。
今までの蜷川作品で竜也が演じてきた役とはちょっと違う・・・
「悩める若者」でひとくくりにしてしまえばできるかもしれないけど、、、
なんだろう、身毒や大正四谷怪談の伊右衛門、ハムレットらにはない、
普通の若者の素直さ、明るさがある。友人らとのやりとりなんかも、歳相応の普通さで。

このね、友人たちがわりと現代的な格好をしているのだが、ばんばん上半身裸になる。
そしてみんな妙にいい体してんだよな。見せびらかしてケンカしたいのね。若いっていいわね。。。
(実際の役者の年齢はそんなに若くないのかもしれないが。)

一方の杏ちゃんも、カワイイっ!はぁー、カワイイ。
そうだよなー、ジュリエットってローティーンだったんだよなぁ。子供だったんだわ。
杏ちゃん自身もまだ高校生の子供だけど、若いから子供だからといって、演技が子供っぽいわけではない。
子供っぽいジュリエットを「演じている」のだから。
彼女は小さいころから、小さくても女優さんだったもんなぁ。
TVに出てる子役って、子供だからで許されているけど、台詞覚えてただ棒読みってコが多すぎる。
ここでこう台詞言ったらお菓子もらえるから、っていうような、動物レベルの子役。
んー、それって、子供だからで許されることではないと私は思っている。
ちゃんと役者なコは小さくても役者だ。杏ちゃんは小さいころからちゃんと役者だった、ような記憶が。
「青い鳥」に出ていた当時、10歳。うん、女優さんだった・・・。

ロミオとジュリエットは互いに一目ぼれで恋に落ち、ほんとに、「落ち」て周りが見えない超ラブラブバカップル状態。
二人ともすぐ死んじゃうという悲劇で終わることは百も承知で観ているんだけど、でも、微笑ましい、
というより羨ましい。仲良くってイイワネーという微笑ましい状態は通り越して、
そのバカすぎるほどの熱い情熱がウラヤマシイ。眩しい。
自分にああいう経験がないので余計になー(ひがみ)。
若いときに一回でいいからあんな疾走ラブラブバカップルやってみたかったよなー。

ロミオとジュリエットってもとの戯曲を昔読んだことはあっても舞台で観たのは初めてで、
ジュリエットが仮死状態になる薬を飲む時あんなに迷って半狂乱になるものだとは
思っていなかったので杏ちゃんジュリエットを観てちょっと衝撃だった。
ジュリエットってのは、恋は盲目で突っ走った女の子だ、という風にしか認識していなかったからなぁ。
考えてみれば「薬を飲んで、もし目覚めることなくそのま死んでしまったら?」という恐怖、
それはあって当然なんだけど、なんとなく、「ロミオと無事結ばれることだけを信じて、
さっさと喜んで薬を飲む」もんだとばかり思っていたので、、、。
このシーン含め後半の杏ちゃんの怒涛の演技は大器の予感。

でもね、なんだろう。あぁ、面白かった!って感想は出てこなかった・・・ うぅ〜む。面白くない。