過去のココロの砂漠・ココロの砂浜 その4 <<2000.11-2001.2>> ひとりごと。
My life
就職先が決まった。
やっと「就職できるのかできないのか」という悶々とした日々からは解放された。
この長引く不況で、大学卒業しても就職できない人がいっぱいいるんだし、
就職できることはとても良いことだと思う。ありがたい。
しかも、公務員。でも、今後、独立行政法人になる予定(?)の機関だから公務員としての身分がどーなるかは不明だし、
国家公務員だから給料は安いし、生まれ故郷を離れて暮らすことになっちゃったし。ま、さして不安はないけど。子供じゃないんだし。
私はこのまま、この先ずっと、働いて、ときどきお芝居見たり映画見たり、音楽聴いたりしながら
街をぶらぶらしたり、たまには美味しいもの食べたり、電車にのって文庫本読んだり、旅行したり、
ときどき帰郷して家族や友達に会ったりしながら、基本的にはひとりで生きて行くのだろうか。
そんな気がする。これって、幸せな人生ってこと? 幸せって、なんだ?
ま、多分、飢えることはないし、戦争にまきこまれたりすることもない。
そっか、かなり幸せ、ってことだ。きっと。2001.2.24 平凡な人生になりそうだけど、いいや。ずっと幸せでいられるように、頑張る。
My Funny Valentine
その1 小学校4年か5年生のころ。
ミヨちゃんとバレンタインチョコを手作りしようという話になった。
材料のチョコを用意し、私の家の台所でお菓子の作り方の本を見ながらいざ挑戦。
しかし「チョコレートを湯せんで溶かし・・・」の“湯せん”の意味がよく分からず、
なべに沸かしたお湯の中にチョコレートをそのまま入れてしまい、ただのチョコレート湯になってしまった。
母に「なにやってんのっ!!」と怒られた。
失敗の後始末に、私たちはそのチョコレート湯を、ココアみたいなもの として、飲まざるを得なかった。
ま、おかげで“湯せん”とは本当はどうやるのか知ることができた。人生は勉強である。
その2 幼稚園児のころ。
曇っていてとても寒い日だった。
母は「これをノリ君にあげに行っておいで」とハート型のチョコレートを私に渡した。
ノリユキ君は近所の同い年の男の子で、ヤマハのオルガン教室で一緒だった。
仲良しだったような気もする(記憶おぼろげ)。
何故チョコレートをノリ君にあげなければいけないのか分からなかったが、
母に言われたとおり、私はノリ君の家へ行った。寒かったので走って行った。
しかしノリ君は不在。
「これ、ママがノリ君にあげなさいって」と、玄関に出てくれたノリ君のお母さんにチョコを渡して、
また走って家に帰った。というわけで、ノリユキ君が私の初バレンタインチョコの相手であった。
それから長い時間が流れた。
ノリユキ君は結婚して、もうすぐ赤ちゃんが産まれるのだ、という話を最近、聞いた。
私はそれを、まるで遠いとおい異国の、幸せなおとぎばなしのように、聞いた。2001.2.6 Happy Valentine's day!
動物のお医者さん?
2001.1.29 どーよ、これ?
空やん?
先日、はなまるカフェに内田有紀が出ていて、「クラシック音楽が好きだ」という話をしていた。
司会の薬丸裕英の受け答えに「高尚な趣味ですねぇ、ほほぅ、クラシックとはねぇ」
というニュアンスが入っていたが、まぁそれが普通の反応だよな残念ながら。と思った。しかし、彼女が「指揮者のカラヤンがかっこよくて大好きだ」と言うと(うんうん、かっこいいよな。)
薬丸が「僕はカラヤンさんって存知上げないんですけど、へぇ、そうなんですかぁ」というよーな発言を。私はビビった。
「えぇ〜!薬丸って、カラヤン知らないのぉ〜!?ふ、普通カラヤンぐらい知ってるよな!?」しかし弟は言った。
「それは姉ちゃんの偏見だよ。姉ちゃんはそーいうの(クラシック音楽)に興味あるから
知ってて常識、とか思うんだろうけど、そうじゃない人は知らないよ。別に知らなくても普通だよ。」妹も言った。
「薬丸って、結構もの知りなほうだよ。」・・・!! そうなのか!?結構もの知りでもカラヤンの名前を知らないのか!?
アバドとかショルティとかクライバーとかフルトヴェングラーとかチェリビダッケとかを
知らないのは普通だけど(私だってただ名前を知ってるだけ!)
カラヤンとバーンスタインは別格だと思ってた。広く一般的に知られていると思ってた。
スポーツにはあまり興味ない私が、マイケル・ジョーダンの名前を知っているように。
多分、薬丸だって小澤征爾は知ってるだろう。
たとえそれが「オザケンのおじさんで指揮者のヒト」という認識であろーとも。
それと同じような俗っぽい感じででも、カラヤンとバーンスタインの、名前ぐらいは知られていると思ってた。だって、バーンスタインの「ウエストサイド物語」は誰だって知ってるよね?(これも偏見?)
だって、カラヤン死んだのってそんなに前じゃないし(89年)、帝王だし、
かっこいいし、CD屋行けば彼の顔出てるポスターとかもよくあるし、
新聞とか雑誌とかの普通のメディアでも時々話題にのぼる人だし、
ほら、「アダージョ・カラヤン」がすごく売れたのも最近の話じゃん。それでも、カラヤンを知らないことは、「普通」なんだ・・・。愕然。
2001.1.24 クラシックっつったって、ロマンチックでエキサイティングでエロチックで美しくてカッコイイ、ただの音楽なのに。
オシャレ
母方の今は亡き曾祖母は、服を買うのが好きで、母によく洋服や、時には着物を買ってくれたという。
父方の祖母は、モガがそのまま年をとったような、今でもとてもお洒落なおばあちゃんだ。しかし。
私はいまいちセンスがなーーい!!
着るものや身につけるものに関するこだわりが強くないから、センスが育たないのだろうか?
そう言えば、ブランド品、同年代の女性に比べると驚くほど持っていないもんな・・・。
プラダもグッチもフェンディもヴィトンも縁がなーい。
要は着心地がよかったり使い勝手がよければいいのだ。と思っているからなぁ。
あ、それから「お手ごろな値段」であること、コレ私にとっては大事なのよね〜。そこがイカンのだろうな。多分。
だって、カッコイイ人はかっこいいスーツを着ても、500円のTシャツを着てもカッコイイ。
だから、そうじゃない私はせめて安物を着るのは避けたほうがいいのだ・・・。
かと言って、そんな私がもしブランド物で身を固めたらそれこそ可笑しいじゃん。オシャレって難しい。センスってどうやったら育つんだべ?
2001.1.22 ザ・定番:The Scotch House、New Yorker、Aylesbury、KEITH、GAP、J.Crew、GUESS?、ユニクロ、イトーヨーカドー(笑)
第十七番 中吉
今までの悩みも苦しみもいつか消えて
春は桜、秋は紅葉の色とりどりに心楽しい時がきます
ただ神様のお助けを祈って心穏やかに授けられた自分の職務を励み
善徳を積みましょうそんな二十ウン歳の一年を、これから生きてゆく。
2001.1.4 春は花 秋は紅葉と とりどりに 心楽しく 生きてぞゆかむ
BEING KEVIN BACON - ケヴィン・ベーコンの穴-
今、俺 ケヴィン・ベーコン は、新作映画の撮影中だ。
俺は白いマスクを顔にぺったり貼り付けられて、部屋の壁にもたれて座りこんでいる。
視界がはっきりしないし、鼻と口もあまりきちんと穴が開いていないので息苦しい。
頭もぼーっとしてくる。体から全く力が抜けてしまったようで、腕1本さえ動かせない。仲間たちのうち、俺の他にあと2人、同じように白いマスクを貼り付けられている。
そしてマスクがついていない残りの3人は何か相談している。
俺たちがこうして動けないのをいいことに、何かを奪おうと企んでいるらしい。
・・・裏切りだ。
奴らは、俺たちは既に意識もなく復活できないと思っているらしい。だが、残念だったな。お前らが相談する声を俺の耳は捉えている。
そのうち俺の頭がはっきりしたら、耳が捉えた会話を理解する。
お前らは知らないらしいが、このマスクはそのうち取れるんだということが俺にははっきり分かる。
俺のマスクが取れた時がお前らの命日だ。楽しみにするんだな。という、復讐劇だ。それにしてもこのマスク、ほんとに息苦しいなーもー。
2000.12.22 ・・・変な夢。
HAPPY CHRISTMAS
まだバブルが弾ける以前のある年のクリスマス。
横浜スタジアムでオールアメリカンvsオールジャパンの大学チームのアメフトの試合を見て、
中華街を豚まんを食べながら歩き、夕暮れの山下公園をぶらぶらした。ひとりで(笑)。公園の公衆トイレの前には、連れの女の子を待つ男があふれていた。
心の中で「バカな男達、今夜彼女らのためにプレゼント食事ホテルと何万も使うんだバーカバーカ」
と思った。すっかり日が暮れて、帰りの電車の中で車窓に映る自分の顔を見た。
のっぺりした変な顔で、周りの人に比べてずいぶん面積が広かった。
その頃まだ小顔ブームは来ていなかったけど、
「私の顔はでかいんだ、かっこわりぃあーやだやだ。」と思った。以上 幸せなクリスマスの思い出でした。
2000.12.17 っ本当に幸せなやつだ・・・わたし・・・
クリスマスカード
毎年、年末の声を聞くと、雑貨屋さんにクリスマスカードを買いに行く。
高校のときホームステイをしていたテキサスのホストファミリーや友達に出す。Christi はもう子供とかいるのかなー。Jason は何の仕事をしてるんだろう。
返事がないので分からない。
ちゃんとカードが届いているのかどうかさえ分からない。friendship forever なんて、幻想なのかなやっぱ。
返事が来ないのに毎年出し続けるなんて、意味ないのかなー。
そう思いつつも、今年もこうしてクリスマスカードを選んでしまった、あ〜ぁ。2000.12.8 何かいいことあんのかなーこんなことしてて。
raison d'etre
NHKの某番組中で「X’masプレゼントにミュージカル」と題して日産労連の取り組みを紹介していた。
福祉活動として、組合員が組合費以外に毎月100円ずつ積み立てて、
ハンディキャップのある子供達に生の舞台(劇団四季のファミリーミュージカル)を観せる、
という活動がもう20年以上も続いている、というもの。企業メセナとか福祉活動(といってもこれは労組の活動だからちょっと違うが?)っていうのは
どかーんと何千万円もどっかに寄付するとか、何億円かけて立派な劇場つくれば
それでいいってものではない。たったの毎月100円の積み立て。
そして、今年「雪ん子」の公演を観た子供達は素直に舞台を楽しみ、
出演した四季の役者たちは、「演劇は何のためにあるのか」の一端を知る。こども達のために。
おとな達のために。
おじいさんのために。おばあさんのために。
太陽のために。月のために。星のために。風のために。神様のために。
猫のために。犬のために。虫のために。花のために。鳥のために。
故郷のために。
涙のために。笑顔のために。2000.12.4 私のために。
雨
雨に濡れて歩くのは、映画やTVドラマなんかのシーンではドラマチックでカッコイイ。
でも実際にやったら、雨は冷たくて、髪の毛に染み込んで頭の地肌も冷たくなって、
化粧は流れて、メガネに水滴がついて前が見えなくなって、とても惨めな女になった。2000.11.21 やっぱ天気予報はちゃんとチェックしとかないと。
1周年
でございます。昨年11月11日にこのHPをopen して、1年。
ありがとうございます。
まだまだやりまっせ。去年、なぜ突然HPを作ることを思い立ったかというと。
99年9月末に鈴木トオルさんのライブがあって、そのレポをぱんじーさんのHPに寄稿する約束をしたのだが、
書いたはいいけどすごく長文になってしまい、うぅ〜んこんなの人様のHPに載せてもらうのは申し訳ない。
なので、ぱんじーさんのところには色々cut してショートバージョンのレポを寄稿。
でもせっかく書いた長いレポ、もったいないなぁ・・・じゃぁ自分のHPを作って載せればいいか。というわけ。
でもそんだけじゃ内容が貧弱すぎてHPとしてはつまらん。
だからと言って、どうする?
例えばありがちな「うちのペットちゃんの紹介」とか、海外旅行の写真のページ作っても、ねぇ。
誰がそんなの見たがるよ?つまらん。色々考えた結果、「ミュージカルのことなら少しは書けるかも」という結論に達する。
キャスト表や主なスタッフ名をちゃんと載せればそれを役立つ情報として使ってくれる人が
もしかしてもしかするといるかもしれないし?
で、大学生の時から時々つけてる日記(時々しかつけてないから日記ではないのだが)をひっくり返して
毎夜パソコンに向かう10月を過ごす。
で、11月11日にやっとこさオープンしたと。そういうわけ。ところで何故私が日記をつけているかというと。
ま、小学生の時とか高校生の多感な時期(笑)とかは毎日つけてたこともあったが、
今つけてる日記が始まったのは大学3年生の時。
春学期、成績がカクっと落ちてしまったのだ。授業中の居眠りが激しくて。わー。
ちょっとショックだったので、秋学期から反省のために日記をつけ始めた。10月X日(水) 2限はなんとかOK(=寝なかった)。
3限は起きててもワケわからんのでねてしまった。
567(限)は、ねたり起きたり。Romeo&Juliet やなんかのプリントをやってる時はねむかった。という調子で。基本的には、授業中寝てたか起きてたか、しか書いてない(爆)が、毎日つけていた。
これで反省になったかどうかはよく分からんが、成績は持ちなおした。おぉ。大学を卒業してからは会社と家の往復で同じような日々が過ぎていってしまうので、
何か書きとめておかないと私の人生は流れっぱなしで忘れ去られ、そのまま私は死んでしまう、
という気がするので時々書いている。なので、その抜粋がこのHP(の<演劇の森>)だというわけです。1周年です。ありがとうございます。
2000.11.11 まだまだ続きまっせ。
めがね
先日、メガネを新調した。なかなかインテリっぽいカッコいいフレームだ(と思ってるのは自分だけ)。
ちゃんとスーツ着て、化粧して、このメガネをかけたら結構デキるOLに見えるやもしれん(見かけ倒し)。初めてメガネをつくったのは小学校2年生のとき(幼児性の遠視により)。
当時はその歳でメガネをかける子供はクラスに1〜2人という少なさで珍しかったので
「メガネザル」と言われた。そして遠視がぬけて視力があがり、メガネがとれると
「サル」と言われた。小学校5年生で再びメガネをかけることとなった時は近視。以来ずっとメガネ使用。
ところで、「メガネっ子」は秀才だったり暗かったりブサイクだったりするものと相場が決まっている。
だから、成長過程でメガネを掛けることは、周りからそう見られることにより
子供自身の性格にも影響を及ぼすことがあるよーな気がする。
(ま、逆に「メガネをとると結構カワイイorカッコイイ」というのも、マンガ等ではよくある話だが。)高校生時分、アメリカにホームステイしてた時、学校でホームカミングウィークとゆーのがあり、
毎日「今日は○×デー」とテーマが決まっていて、例えば「フィフティーズ・デー」だと
女の子はポニーテールに、イニシャルの入ったカーディガン&ひざ丈のフレアースカート、とかで登校する。
で、「Nerd day」とゆー日があり、私はDad(ホストファーザー)に「nerd って何?」と大真面目に聞いた。
(何故なら辞書で調べても分からなかったから)
そしたらDadはすっごい爆笑し、懇切丁寧に教えてくれた。
「ユーコ、nerd ってゆーのはね、頭をこぅ7:3でぴっちり分けたり、変な髪形で、胸ポケットにいっぱいペンを指して、
セロテープでこのへん補強してあるメガネをかけて、左右違う靴下をはいてるヘンな奴のことだよ」
まー分かったような分からないよーな説明だったが、次の日登校したら友達がnerdの扮装をしてて、
まーだいたい分かった。とにかく、メガネっ子は、なんつーかそういう風に相場が決まっている。
そういうわけで、高校生時分、コンタクトをつくって、以来外出する時はだいたいコンタ使用。ところで、ハリー・ポッターは、テープで補強してるメガネをかけてることになってるが、
あーできることなら彼にカッコいいメガネを買ってあげたい。2000.11.1 目が悪いとゆーのは本当に面倒なことだ。でも、目が良い人には見えない世界が見えるのだ。