HOME

最新記事   その4←

過去のココロの砂漠・ココロの砂浜 その5 <<2001.3-2001.11>>  ひとりごと。

 

ボキャブラ地獄

その昔、アメリカ人の友達が何か可笑しいことがあると爆笑しながら

That's XXX !!!

と言っていた。 That's XXX(ほにゃらら)!!  ほにゃららの部分が聞き取れない。
文脈から、「それ面白い!」みたいなことと言ってるのは分かるが、爆笑してるところに
「何て言ってるの?」とも聞けず、長らくその言葉が何だかよく分からなかった。が。

それから10年経って、最近、それは

hilarious 【陽気な、楽しい、浮かれ騒ぐ】

であるような気がしてきた。That's hilarious!
でも辞書の発音記号を見ると、いまいち納得いかない。
ほんとにあの言葉はhilariousだったのか?こんな発音だったか?

誰か、英語が得意な人、私に電話かけて That's hilarious! と言ってくれー
確認したいーーーーーっ

2001.11.17 語彙とはこうした努力の末にやっと習得できるものであることよ(詠嘆)


 

“義”のrules

“律義の味方”のrule

rule #1:約束は守れ。

 

“渡世の仁義”のrule

rule #1:約束は破られるものであることを知れ。

 

2001.10.10 律義の味方、それは「極悪非道な悪者をこらしめる正義の味方ではなくて、もっと、世間に堂々とまかりとおっている微妙な悪と戦う」人のこと。


 

Unforgettable

ナタリー・コールのやつ。
以前うちにこれのディスクがあったはずなのに、いつのまにか無くしていた。
聴きたくなって、CDレンタルしてきた。

改めて聴くと、「アンフォゲッタブル」って良い曲だなぁ。

だから、信じられないぐらいすごいよ
“忘れられない人”が、私のことを“忘れられない人”って
思ってくれてるだなんて

そう、想い人がまた自分を想ってくれるなんて、奇跡なんだから、
そういうふうに謙虚に受け止めているこの歌詞は素敵。

以前勤めていた会社で、自分の仕事ぶりを数項目5点満点で自己評価する
お仕事通信簿みたいのを書いたうえで上司との面談、というのが年に2回ほどあった。
私はたいがいの項目に2とか3をつけた。最高でも4点。
自分なりに頑張って仕事はしてるけど、いくら頑張ってもミスはする。
そんなに自分が優秀だとは思えないから、5点なんてとんでもなくてつけられない。
自分の仕事ぶりが他の同僚に比べて特に劣っているとも思わないけど、完璧ではないから。

しかし、面接の際、上司は困った顔して
「なんでこんなに点数低いの・・・?頑張って仕事してる?」と言った。
頑張ってるよ。あたりめーだろ。見ててわかんない?
仕事を頑張る(主観)ことと、客観的になされるべき評価とは別問題じゃねーか。
ふと、上司の手元にある他の人(多分、先輩社員)の自己評価シートが目に入った。
のきなみ4点、5点が並んでいる。
「他の人はみんな4点とか5点とかつけてるんですか?」
「そうだよ」

みんな、そんなに自分がデキると思ってんのかなー。
その自信は、どっから沸いて出てるの?不思議でしょーがなかった。

私だって、時々自分に自信があるような気がして、そういうふうに振舞ったりすることもある。
人として、ちゃんと他人とのリレイションを築けていて、仕事もちゃんとしている女なのだ、と。

でも、一方で、時々急に気持ち悪くなる。
何故だかそれはだいたい、人と一緒に食事をしている最中。
軽い吐き気がするというか。胸や胃のあたりが不安になる。
うまく説明はできんが、自分が女である、ちゃんとした人間である、
という(振る舞いをしてる)ことが気持ち悪い、という感覚。
これはきっと、私の中の無意識が私の自信を嘲笑っているのだ。バカじゃねーの?と。

自信がないことと、謙虚であることは違う。
私は「自信がない」のであって、「謙虚」なわけではないかもしれない。
でも、身分不相応で傲慢なのは嫌だと思う。

どうしてみんな、当然のように自分の仕事を評価したり、当然のように恋愛したりできんの?

謙虚な Unforgettable が好きです。

2001.8.5 無条件に自分に自信を持てる人、そーいう人が魅力的なのであり、モテるのがこの世の中である。
       ・・・あ、言っとくけど、別に今、恋愛に悩んでいるわけではないよ(笑)。それ以前の問題である。


 

♪リンリンリリンリンリンリリンリン♪

朝の通勤バス。
座って漫画週刊誌を読んでいるサラリーマン風の男の携帯が鳴った。

(凝った和音&アレンジで)
♪チャララッチャラッ チャララッ チャララッチャラッ チャララッ♪
(♪やだねったら   やだね   やだねったら    やだね♪)
                         
氷川きよし 「箱根八里の半次郎」

うわ〜、なんだか恥ずかしい着メロだな〜この人・・・

ちなみに私の着メロは、

・・・あれ? 私の着メロって ・・・ なんだっけ?

誰からも電話かかってこないから、自分の携帯、どんな着メロ鳴るのか忘れちゃった・・・(寒)

2001.7.26 ♪恋のテレフォンナンバー6700 ハロ〜ッ!!ワォ〜!!


 

All dogs go to heaven

7月6日(金)午後2時過ぎ、母と弟に看取られてパルは亡くなった。
その前の晩は妹が寝ずに看病してやったらしい。
私は仕事あがってから急いで新幹線で名古屋から川崎に戻り、
なきがらと対面。

きれいな顔をしていた。Kさんちのおばちゃんがくれた可愛い白い花束が
体に乗せられ、色白のパルにとっても似合っていた。
いつもいつも、年とっても可愛い犬だった。
最後まで可愛かった。

パルという名前は「名犬ラッシー」にあやかってつけた。
ラッシー役の犬の本名だ。PAL。友達。

暮れかけた空に上る細い細い月を見ながら一緒に歩いた。
公園の巨大滑り台に一緒に上って涼んだ。
枯れた噴水の周りをぐるぐるおっかけっこして遊んだ。
インドアにこもりがちな私が外に出て季節の移り変わりを感じたのも、
パルが一緒に散歩してくれたからだ。

7日(土)朝、弟と妹と3人で車にパルを乗せて霊園へ行き、焼いてもらって、
人間と同じようにお箸でお骨を拾って家に連れ帰った。
別れの時は、もーどーしようもなく、3人ともボロボロ泣いた。
パルとの16年半分の思い出は三人三様だけど、一緒に泣き、
一緒に泣いてパルを送るひとがいることに私はちょっと安心した。
一人だったらきっと耐えられない。本当に悲しい。

人は何故結婚したり家族を作ったりするかというと、辛いことや悲しいことがあった時、
誰か一緒にいてくれる人が必要だからなのかもしれない。
例えば親をみおくる時に、自分に家族がいて、そして子供がいれば、
命が繋がっていっているという希望も慰めになるかもしれないし。

一人で生きてゆくという選択をする人は、そういう辛いことや悲しいことに
一人で耐える覚悟をする人なのだ。

パルの写真にお線香をあげながら考える。
私にもきっとそのうち、選択の時がくるのだろう。

2001.7.15 でも、いつどのようにその選択の時はくるのだろう?そしてどうやって私はそれがその時だと知るのだろう?


 

七夕

通勤で利用する地下鉄の駅の構内に、笹がしつらえてある。
すでに願いごとの短冊は鈴なりだ。

家族がみな健康で楽しく過ごせますように。
早く良い彼氏がほしいー!エリコ
7日にプロポーズします。うまくいきますように。A.F.

私も帰宅途中に立ち寄って、短冊を書いた。

パルがこの夏の暑さを無事のりきれますように。
もっと長生きして、20歳ぐらいまで元気でいてほしい。

そして部屋に帰って、夜。家の母から電話。

この暑さでパルがそろそろ・・・ものも食べなくなったし、あと何日もつか、って感じ

いよいよ、お別れの時が近づきました。
17年。
私たちきょうだいが小学生のときから、ずっと一緒にいた。
ありがとう ありがとう ありがと ありがと ありがと ありがと

天文写真家・藤井旭さんの「星になったチロ」の、チロが天に召されるくだりを思い出す。

チロのおなかの毛に、何粒も何粒もぼくの涙が吸い込まれていきました
昨日まで仲間たちと、宇宙の果てはどこまでかなんて訳知り顔で論じ合っていたのに
今、チロは宇宙の果てよりも遠いところへ行ってしまったのです

願わくは、苦しんだり、痛がったりすることなく、静かに、静かに、静かに
祈っています 祈っています 祈ってます 祈ってます 祈ってます

2001.7.5 だから、夏も、暑いのも、嫌いだ


 

smile

先日の朝、いつものようにご出勤の私は、ちょっと混んだバスに乗り
初老の運転手さんのすぐ横に立っていた。
外は雨が上がりかけていた。

バスが交差点の赤信号で止まった。
横の歩道を通学途中の小学生たちが歩いている。
1年生ぐらいの男の子が、雨が上がったからランドセルに引っ掛けてでも歩いてたんだろうか、
アマガエル色の小さな傘を落っことして、気付かずにそのまま交差点を左に曲がって
行ってしまった。

あ。
と、私が思っていると、運転手さんが
プぁん!
と、短くクラクションを鳴らした。
その音にびっくりしたこれまた1年生ぐらいの男の子2人組がこっちを振り返った。
運転手さんは手振りで
「ホレ、お前さんたちの前を歩いてたコが、その傘、落っことしてったから、持ってってやレ。」
と伝えた。
男の子たちは、ちゃんとアマガエル色の傘を拾って、交差点を左に曲がって行った。

私は思わずにっこりした。よしよし、坊主たち、いい子だ。

そして、バックミラー越しに運転手さんの顔が見えた。
ごま塩の短い髪の毛が制帽の下にのぞく日焼けしたその顔は、傘を持って歩いていく子たちを見送って、
そりゃ〜もぅ、もぅ、もぅ、なんともいえない、優しくて、良いにっこり
だった。

 

世界は、まだまだ捨てたもんじゃない、かもしれん。ってことです。

2001.6.25 ♪You'll find life is still worthwhile   If you'll just smile, come on and smile


 

一人暮らしの快楽

それは、人目を気にせずにTVを見て泣けることである。
(そんなの別に一人暮らしじゃなくても、自分の部屋でやりゃいいでしょって?
我が家は子供部屋にTVは無かったのだよ。「贅沢だ」「勉強の妨げになる」とかいって^^;)

NHK 未来への教室 ヘンリー・ランドワース(5/12、19放送)。
涙なしには見られなかったよーーーーーー。今思い出しただけで泣ける。

<だいたいの話>
少年時代、ナチスのユダヤ人迫害を体験し、両親を失ったた彼は、アメリカに渡り、成功してホテル王となる。
ある日、客からの1本の電話をきっかけにホテル経営の第一線から退き、フロリダに
Give Kids The World を作る。これは一種のテーマパークというか、難病の子供と
その家族のための宿泊施設。
近所にあるユニバーサルスタジオやディズニーワールドが協力していて、
子供とその家族はGKTWにいる間はつらい病気のことを忘れて楽しく過ごして思い出を作る
ことができるという場所。
これは、すべて寄付やボランティアで成り立っている。

GKTWに来る難病の子供たちの、笑顔がいかに輝かしいことか!!!!!!!
そして、子供たちが病に勝てず天に召されてしまったとしても、残された家族は
GKTWで楽しく過ごした思い出を支えにして生きてゆく。

どーだ。これだけで泣けるだろう。なんて素晴らしい人なんだ、ランドワース。

深夜にたまたま見た、川畠成道くんのドキュメンタリーも泣けた。コレもまたNHK。

彼のことは以前「スタジオパークからこんにちわ」(これもNHKだ・・・)に出てたのを見て
知ったのだが。
8つの時に旅行先のLAで、飲んだ薬の副作用で目に障害を負ってしまう。
(このときの闘病が実に壮絶。)
その後、生きる目標と「手に職」を、ということでバイオリンをはじめ、
英国王立音楽院を首席で卒業。現在活躍中の若手バイオリニスト。
。。。非常に綺麗な日本語で、礼儀正しく淡々としゃべる頭のいい青年なのだわ。
バイオリンの音もすごく綺麗で澄んでいて。なんてしっかりした人なのだろう。
と思っていたのさ。

で、LAを20年ぶりに訪れて当時お世話になった方々にも来てもらってコンサートをやる、
というのの密着ドキュメントだったのだが。感慨深げな彼のお母さんの涙にもらい泣き。
20年前のLAでの闘病の時にとってもお世話になった鈴木治子さんという方(すでに故人)の
お墓の前で、お父さんお母さんと3人で肩寄せ合ってしゃがみこむ成道くん。
泣いてる〜〜〜成道が泣いてるうぅぅ〜〜〜(ここで私も滂沱の涙。だーーーーー)
普段が気丈な人であるだけに、その静かに泣く姿は、もーーーーー
T_T)

目が不自由な若手音楽家、と言って私がもう一人思い出さずにいられないのは
梯剛之氏(こちらはピアニスト)。去年の彼のショパンコンクール挑戦の模様を追った
ドキュメンタリー(これもNHKだよ・・・)も泣けた・・・。うぅ・・・。
ちょっと個人的に複雑な思いもあったが。
(わかる人だけ笑ってちょ^^;; でもあんときは辛かった)

人目を気にせず泣ける、っていうのは、気持ちいい。とてもいい。
これからもどんどん泣いてやる〜!!(またNHKのドキュメンタリー見てか?)

2001.5.21 注意。川畠くんのHPはいきなり彼が語りかけてきてビビるので、PCの音をちょっと絞りめにしてから飛んでね。


 

freshman's blues

見知らぬ土地で、初めての職場で、新たに出会った人たちと働く、ということ。
これは「新しい自分」になるチャ〜ンス!!

しかし。

同僚(同期)のT君の携帯にサウスパークのキャラ(ケニー)のストラップがついているのを
発見し、思わず

私  「あ。サウスパークだ。」
T君 「えっ!?サウスパーク知ってんの!?」
私  「うん。」
T君 「アナタも黒いヒトね・・・」

上司のM掛長の机上のPCにモンティパイソンのファンサイトが開いているのが
見えてしまい(決して故意に見たわけではナイ)、思わず

私  「あ。モンティパイソンだ。」
M掛長「なに、モンティパイソン知っとる!?」
私  「あぁ・・・ハイ。」
M掛長「そりゃ病気やね。」
私  「びょ、病気!?そんな、ヒドイです、ちょっとTVで見たことあるってだけですよぉ・・・」

M掛長「いやぁ、モンティパイソン知っとるという時点でもう病気でしょ(笑)」

・・・。「私、清純な深窓の御令嬢なんです、ウフフ!大作戦」 1ヶ半で早くも失敗

2001.5.19 ♪Honesty is such a lonely word


 

I'll go my way

おじいちゃんが昨日亡くなった。

真面目で物静かだったおじいちゃん。
あんまり孫と一緒に遊んだりしてくれるタイプではなかった。

でも私が初めての就職をした時、何十年も前に自分が就職した時の話をしてくれた。
当時は今よりも更にすごい就職難で、ひとつの就職口を何千もの学生が争っていたが
そんな中を勝ち抜いて職についた若き日のおじいちゃん。

しかし、「つまんなかったからすぐやめた」
そう言っておじいちゃんはわはは〜と笑った。

そんなおじいちゃんのゴーインマイウェイなところを、私は父を通して受け継いでいる。

有難う(?)おじいちゃん。

最後の2年は痴呆で入院していた。
私に現代日本が抱える最大の問題のひとつ「超高齢化社会」を
身をもって認識させたおじいちゃん。

人間の幸せとは?
人間の尊厳とは?
私に色んなことを考えさせたおじいちゃん。

有難う、おじいちゃん。

2001.4.28 I'll go my way, on my own


 

Don't worry

'Cause nothing has even started yet.

2001.4.20 人生これから。


 

花束

薄暗くてがらんとした広い廃工場。
なんだか疲れている。体がだるい。
片隅のテーブルにつっぷしてうつらうつらする。
工場のあっちの隅には、手入れされていない薔薇の茂みがある。
花びらの深い紅と鉄錆の赤が目の端にうつる。

男が一人近づいてきた。
背は低めで、華奢で、髪の毛が茶色くて、童顔の30歳、美容師。
街の若いコたちのヘアスタイルやファッションをデジカメで撮影して、
アドバイスしたり採点したりして自分のwebpageで紹介しているのだと言う。

あまり興味のなかった私は、ふぅ〜ん、と生返事をして、またテーブルにつっぷした。

目を閉じた私の鼻先に、ぱさっと何かが置かれ、新鮮な香りと霧が顔にかかった。
無造作に束ねられたピンクのチューリップだった。まぶしかった。

顔を上げると、美容師の男はもういなかった。

2001.4.1 for the fresh start


 

MISSION IMPOSSIBLE

月末の引越しに備えて部屋を片付け中。
私はモノをなかなか捨てられない性格なので片付けは大変だ。
棚の奥からは昔の日記やらノートやらがわんさか出て来る。

小学校1年生時のお絵描き帳には、ネズミとか、くまちゃんとかの絵がかいてある。
お絵描き、好きだったんだよな〜。色鉛筆でちゃんと色塗って。
“のび太くんが田植えをする横でドラえもんが餅つきをしている”という変な絵もあった。
なかなか上手だぞ、私。

2〜3年生の時の日記は、ものすごく汚い字で「こくご」のノート(ジャ○ニカ学習帳とか)に綴られ、
いちいち母が返事を書いてくれている。ありがとう、おかあさん。

まだ小学生の時のは微笑ましくていいけど、中学生ぐらいのときの落描き帳はちょっとヤバい。
も〜、赤面モノ。アホなポエムが書いてあったりして、ひ〜恥ずかしー。
これは、抹殺しておかなければ。うっきぃ〜。
描いてあるイラストの人物のファッションがいかにも80年代で、なんか面白かった。でも抹殺!!

高校生の時の授業のプリントやテスト用紙まで出てきた。
茶色くなったわら半紙のプリントの裏に、アンパンマンと仮面ライダー(インチキっぽい)の落描き。
日本史のテスト解答用紙の裏にはちびまるこちゃんの花輪くんが描いてあり、
ご丁寧に先生から「上手い!」とのコメントが赤ペンで。
当時3年生。受験生。大丈夫か、私。(大丈夫だったけど。)

昔描いたマンガまで出てきた。わー。そーだよそういえば描いたよこんなの。
ちゃんとペン入れて、もちろんスクリーントーンも貼ってある。
改めて読むと、絵はへたくそだしストーリーは暗いけど、結構面白い。
これは描くの苦労したし、抹殺するのはちょっと惜しいな・・・。
でも他人には絶対見せられないよ・・・

2001.3.8 うわ〜〜〜〜〜か〜た〜づ〜か〜な〜い〜よ〜〜〜〜〜